今日は子どもの日
日曜の朝日新聞に掲載される書評をいつも楽しみにしています。昨日はその中から気になる本を探しに、駅前の書店に行きました。予定していた本はどれも在庫切れで、最後に児童書のコーナーをのぞいて帰りました。
この本は、平積みになっていたものを手にとり、その場で一気に読めてしまったけれど、買ってかえることにしました。本の中から押し寄せてくるような感情に、気分がわるくなり風に当たりたいくらいだったのですが。
「悪いこと」したら、どうなるの?
藤井誠二
マンガ:武富健治
理論社YA(ヤングアダルト)新書
2008年3月21日発行
- 子どもでも、死刑になるの?
- 「少年法」は子どもを守ってくれるの?
- 少年院って、どんなところ?
- 「少年法」が改正されたのはなぜ?
- 犯罪少年の家族はどうしているの
- 被害にあった人は、ゆるしてくれるの?
各章、質問形式で、タイトルはかわいい言葉を使っていますが、その内容はかなり厳しいものです。少年法のあらましや、2007年の「少年法等の一部を改正する法律」の施行までの経過は、分かりやすく書かれていますが、子どもが読むには難しいめですね。
本文中の事例も悲惨なものばかりがあげられていて、導入と結びには光市母子殺人の遺族の本村洋さんの言葉が紹介されています。
最初の裁判のときの記者会見で、怒りで全身をふるわせながら語ったという《少年という理由で死刑にできないなら、いますぐ社会に犯人をもどしてほしい。自分で殺します》。
そしてテレビ番組のコーディネートでアメリカに渡り、18歳のときの強盗殺人で死刑判決を受けた「元少年」と会う機会を得て《自分の事件じゃないからだと思いますが、正直言って、なぜこんな人が死ななきゃいけないのかと思いました。でも、目の前の人は殺人を犯しているのだし、死刑があったからこそ、人間として立派になれたのだと思った。あの青年はこれから死んでしまうのだけど、どんなことばを残して、どんな死にかたをするのかをすべての人が知らなければならないと思った。罪を犯しても改心した者のことを、社会はもっと知らなければならない。こんな立派な青年が殺されることも、被害者が殺されたことも不幸なことなのです。それは、事件がこんな悲惨な結果をもたらすことを知らしめるための尊い犠牲なのです。死刑は終わりじゃない。どうしてその人が死ななければならなかったのかを考えつづけていく出発点なのです》。
「尊い犠牲」という言葉に、私はしっくりこないのですが、まだ若かかった本村さんが、理不尽すぎる経験から見つけられた気持ちのよりどころなのだと思いました。憎しみだけで生きていくのは辛すぎますから。
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