« The Incredibles | Main | 世界史はなぜ必要か »

January 27, 2008

世界史なんていらない?

 「世界史なんていらない?」南塚信吾(岩波ブックレット)
 これも図書館の新着図書のところに立ててあったので借りたのですが。はー、高校のときに世界史は確かに負担でしたね。(^^;
 今となれば、もったいないことをしたと思えるほど、いい授業をされる先生でした。それが覚えることの量の多さに、定期試験をしのぐのが精一杯で楽しむ余裕は私には全くありませんでした。
 とは言うものの、本文の中にDVDがレンタルしてあった「ドレスデン運命の日」と重なる部分があったので抜粋します。

 原爆を投下された広島・長崎は、その住民に朝鮮・中国大陸・台湾からの人々、あるいは東南アジアからの留学生やアメリカ人捕虜を含む、「国際」的なミクロ世界でした。なぜそうだったのかは、点検していく必要のある問題です。
 また、原爆を投下したB29が発進したマリアナ諸島テニアンの歴史にも心を向ける必要があります。そのそばのサイパン、あるいはグアム、硫黄島なども含めて、それらはまったく無人の島ではないのです。歴史のある島々でした。それらの歴史を見直す必要があります。
 さらに大きな問題は、原爆投下に先立つ「戦略爆撃」「じゅうたん爆撃」という「無差別攻撃」をすることが、心理的に抵抗なく受け入れられるようになっていたという事実です。一九三七年のスペインのバスク地方にあるゲルニカへのドイツ軍の爆撃、日本軍による重慶爆撃、ドイツ軍のロンドン爆撃、連合軍によるドイツのドレスデン爆撃、そして四五年三月のアメリカ軍による東京爆撃などは、攻撃する側に銃後の住民の大量殺戮を「問題」としない精神状態を生み出していたのです。ゲルニカ以降の各地の歴史を、住民の側から見直す作業も必要になってきます。
 最後に、原爆投下後の世界を考えてみましょう。原爆を投下された日本と投下したアメリカだけが当事者ではないのです。日本は、被爆後ただちにスイスを通してアメリカに抗議しました。世界はすぐに動いていたのです。また、たしかに広島・長崎の人々は大変な犠牲を蒙りました。しかし、一方での「犠牲」は、他方での「解放」を意味していました。中国、朝鮮、満州の人々、さらにフィリピンなど日本の支配下にあった人々は「解放」されたのでした。ひょっとして、広島・長崎の人々の犠牲によって、日本国内の他の地域の人々も戦争体制から「解放」されたのではないでしょうか。もちろん日本の分断占領という悲劇からも。

 かなり辛い事実ですが、「ドレスデン運命の日」が、ただ爆撃を受けた町の悲劇だけを、ラブストーリ仕立てに作られた映画ではないのだ、と思わざるをえなくなりました。そしてこの歴史の続きを作っているのが私たちであることも。

|

« The Incredibles | Main | 世界史はなぜ必要か »

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 世界史なんていらない?:

« The Incredibles | Main | 世界史はなぜ必要か »