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December 22, 2006

キャンドルの光の中で

キャンドルライトサービス  毎年、冬至の日は燭火礼拝に行きます。しばしローソクの光だけで過ごす時間となります。
 今日は比較的暖かでした。いつも寒くて自然に早足になるのに、今日はのんびり(心の中で)歌を歌いながらの帰り道でした。

 このことを書くのは、もう3回目になるので、今日はちょっと違う話題を。
 たくさんの人が来られますから、この集まりには毎年手話通訳がつきます。以前、勉強したことがあるので、お話を聞きながら、あー、こんなふうに手話で表現されているな・・・、とぼんやりながめていました。
 身体を動かすので通訳するのは体力も要りますし、集中力が落ちればできません。何人かで順番に交代されていきます。一人は専門にされている方でしょう、特別上手な方がいらっしゃいました。次に代わられた方は、最初つまってしまわれました。でも、見ている方のためには、遅れても話をつなげていかないとだめです。ちょっと苦戦気味かなと思ったときに、「そして、沈黙が訪れた」と説教者の言葉が耳に入りました。その方は、一瞬、間をあけて、それを「長く・待つ」と表されました。

 手話は手の動きで表す単語の他に、50音を指の形で表した「指文字」を使います。例えば小指を一本だけ立てて「イ」です。アルファベットの"i"を表しています。Vサインのように人差し指と中指を立てると「ウ」です。同じくアルファベットの"u"を表しています。その手を横に動かせば濁音、手前に引くと促音、上にポンと上げれば半濁音、人差し指で縦にスッと線を引くように動かせば長音です。これで片手で表そうと思えば、言葉を全部表現できることになります。でも、指文字を使いすぎるとカナばかりで書かれた文章を読んでいるようなものなので、わかりづらくなってしまいます。
 さっきの「沈黙が訪れる」を、何て手話で表現したらいいのか考えつかなかったときに、例えば「チ・ン・モ・ク」「来る」としてしまったら、前後がわかっていればいいですが、いきなりだと「チンモク」・・・?となってしまうかもしれません。

 最初、ぼんやりながめていたときに、「神様・言った」「赤ちゃん・小屋・生まれた」・・・手話を単純に言葉に置き換えていったら、子ども向けのお話みたいだなと言う気がしました。「神様」と「主」 、「赤ちゃん」と「みどりご」、聞いたときの印象が全く違うと思います。専門でされているのだろうなと思って見ていた方は、それぞれの手話と同時に、口の動きでその単語を表されていました。口の動きと手を合わせて見ることで、説教者のお話の表現を忠実に再現され、とても内容がうまく伝わっているように思いました。
 これは、あくまでも私の感想です。どうあるべきだと言うよりも、こんな表現の方法なんだなと思っていただけるとよいのですが。

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