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January 04, 2005

「めでたしめでたし」と書かせてください。

who 初公開!!(かなり)若かりし日の写真です。アルバムからはがしたら少しやぶれました(^^;
 手編みのセーターと運動靴に年代を感じます。
 場所は京都市内某寺院です。どこか場所を当ててください。正解は↓に。

 何回も記事のなかで紹介させていただいています、福音館書店の相談役でいらっしゃる、松井直氏のお書きになられた「絵本のよろこび」(日本放送出版協会 「NHK人間講座」のテキストに加筆・作成されたものです)のあとがきに「『あなたのなかに隠れひそんでいる"子ども"をできるだけ鮮明に思い出してください。それが子どもを見るときの大切な手がかりになります』と会合などで話す事があります。多くの大人は、自分のなかのかつての"子ども"を見失っていて、眼の前の子どものことが見えず、また心が通じ合いません。
 大人になって失ったものが、子どもの絵本のなかにはゆたかにいきいきと語られています。特に子どもをしっかりとみつめて表現されている絵本、子どもが心から歓ぶ絵本を読むと、大人になっていつの間にか見失っていたもの、感じなくなっていた気持ちに気づかせてくれ、こだまのような声が返ってきます。これは大人の読者を意識した絵本ではなく、子どもに真正面から語りかけている絵本に秘められた力です。」とあります。

 この本は「本としての絵本」「絵本と読者論」と言った多面的な問題の提示を中心に書かれています。
 この中にはご自身の、戦争体験にもとづく「生きるとは、どういうことか」と言った問いかけや、最近の子どもによる子どもの殺人事件、と言う傷ましい現象にまで話が及びます。

 文中に「核家族化が進んだ現在、子どもが育つとはどういうことなのか、という知識の蓄積がなくなってきました。そのために、若い親たちは頼るべき伝承がないので、不安になり、臆病になってきているのだと思います。そういう現代だからこそ、伝承されてきた昔話からのメッセージに耳を傾けなればならないと思うのです」(世田谷文学館「昔話と昔話絵本の世界展」図録・小沢俊夫)と引用されています。
 続けてその昔話である、「桃太郎」をご自身が、出版されるまでの経緯を書かれています。

 「戦後、アメリカ文化が怒涛のように押し寄せる渦中で、日本人は改めて『日本とは何か』『日本文化とは何か』を再確認する必要に迫られました。新しく平和な文化国家を」建設しようとするときに、一体何を拠り所にすればよいのか、敗戦で喪失したアイデンティティをどのように再構築するかが問われました。そうした民族としての問題意識が、真剣に未来を見つめて児童文学にかかわる人たちの間に、『昔話』を日本の民族文化として再評価する動きとなって現れました。」
 
 氏が再話された「ももたろう」(赤羽末吉画 福音館書店)の桃太郎は「たからものは いらん」と敗れた鬼の首領に拒絶します。
 「現代的にいえば、異民族異人種て゜独自の文化をもった者たちです。鬼の差し出した宝物は、その文化の象徴です。桃太郎は鬼を改心させ、お姫様を救出しに行ったのですから、その目的が達成できた今、戦利品として宝物を持ち帰ったのでは、戦争をしたことになってしまいます。もう戦争は真平御免という気持が私にはあります。戦争の結果として、相手方の文化財を戦利品として持ち帰るような歴史は、もう繰り返したくありません。"人のものは人へ"、"鬼のものは鬼へ"です。」

 "人の命は人のもの"です。某大国大統領にこの絵本をプレゼントしたいくらいです。あっ、やっぱり自分で買ってください!

 *Answer

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Comments

winter-cosmosさん、おはようございます。

>あなたのなかに隠れひそんでいる"子ども"をできるだけ鮮明に思い出してください。それが子どもを見るときの大切な手がかりになります

私も時々同じことを思うことがあります。
子供の頃考えていた気持ちを大切にしながら、子供と接したい、って。
まだ私には子供はいませんが、親戚の子たちとたまに触れ合う機会があり、その時に自分が子供の気持ちを思い出すのです。

できることなら、子供の気持ちを最大限考慮してあげれる大人になりたいです。
もし自分が実際に育児をする時がきたら、予想以上に毎日大変なのだと思うので、その余裕を私が持てるか、自信はないのですが…。

ももたろうのお話もとても興味深いです。
昔話はとても奥深く、教訓も矛盾もあるような気がするのです。

いい本を紹介してくださって、ありがとうございます。

Posted by: a-carl | January 04, 2005 at 08:10

 嫌な叱り方だと、子どものときに思っていたことを、自分が言っていて冷や汗がでるときがあります(笑)。
 
 この民話の話の中には、言語として見た「土地言葉」について書かれているところがあって、おもしろいな、と思ったのですが。すみません。長くなっちゃって。
 お付き合いありがとうございました。

Posted by: winter-cosmos | January 04, 2005 at 09:15

 お写真拝見、屈託がなくかわいい笑顔ですね。きっと幸せな子供時代を過ごされたのでしょう。

 さて、クイズの答えを拝見して知りました。大谷本廟は大谷派(東本願寺)ではなく、本願寺派(西本願寺)だったのですね。じぶんの父親の遺骨があるというのに、自分のブログのリンク先を間違えてました。信心深いひとに怒られそうです。すみません。

 でも、東本願寺も西本願寺も、Webページを読むと憲法改正や戦争に反対しておられることがわかります。なんだかうれしくなりました。ついでだから自分のブログのコメントからはどちらにもリンクしておきました。

a-carlさんのコメント

>>子供の頃考えていた気持ちを大切にしながら、子供と接したい

winter-cosmosさんのコメント

>> 嫌な叱り方だと、子どものときに思っていたことを、
>>自分が言っていて冷や汗がでるときがあります(笑)。

まったくおっしゃるとおりです。
じつは昨晩、夜の仕事(学習塾の中学生の社会科授業)で、ある生徒を叱らなくてはならなかったのですが、自分は叱るのがほんとに下手だと、あとで非常に落ち込みました。きびしく叱ると、ほかの生徒も後味悪いだろうし、なにしろこちらもはげしく消耗するので、できれば叱らせないでくれといいたい・・・。まあ、納得して帰ってくれたと思いたいのですけれども・・・。

Posted by: Rough Tone | July 07, 2005 at 02:54

 東本願寺や西本願寺、あのあたりは他にも広い敷地の寺院などがいくつかあり、よく遊ばせていただきました。
 夏は本堂の板の間で涼ませてもらったり、信徒さんのために用意された冷茶をいただいたり、花を摘んだり、虫取りをしたり、今思えば、ゆったり大きなフトコロの中にいたようです。

 京都は町も人も戦火に焼かれることなく、生かされたのですから、その役割があるのだろうと思います。松井直氏も京都の方で学生時代もこちらですごされています。
 福音館の絵本は子どものときに読んでいたものを、学生の頃から少しずつ買いなおし集めました。本当にいろいろな内容がもりこまれていて、あらためて読み直して驚きます。
 鶴見俊輔氏の絵本もあります。機会があれば一度ご覧ください。

 塾はどうしても効率よく点数をとれる授業にする必要がありますが、子どもらは先生の姿勢を見ているような気がします。
 課題をこなしてきている生徒に、公平に接するためには、叱らなくてはいけないときもあるでしょうし、こなせなかった子もそれは自分でわかっているのではないでしょうか。むしろどうして叱ってくれなかったと思うかもしれません。
 何の思いもなく、子どもをただ叱責するだけの先生かどうかは、見てくれています。

Posted by: winter-cosmos | July 07, 2005 at 11:05

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