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December 08, 2004

「遠い日の記憶」です。

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 岩波新書「本と私」(鶴見俊輔編)のなかの一篇「戦火のなかの一冊」(以下前書きより引用)
「まだ戦争のつづく一九四五年に、お母さんが本屋で見つけてきた『岩窟王』を、母とともに、戦時下の時勢にかくれて読む。この一冊は、その後六〇年、この人の中に生きつづける。
 著者アレクサンドル・デュマは、フランス人で、明治初期に黒岩涙香が紹介してから、何人もの訳者によって日本語に訳し継がれてきた。『岩窟王』という言葉そのものが、ひとつのたとえとして日本語の中に流れ込み明治・大正・昭和に語り継がれる。時の政府の圧迫をひとりでしのいで、生きつづける男は、そんなふうに呼ばれた。『ひとりになっても』という姿勢が立場を超えて、さまざまの人の心に共感を呼んだのだ。」

 母は戦争中、旧制女学校を卒業して銀行勤めをしていました。
 サザエさんのような髪をして、袴をはいて、帳簿は筆で書いて、なんとも、今では信じられない様子です。
 
 京都は空襲もほとんどなく、食料事情も不自由とは言え、それほど欠乏していたような話は聞きませんでした。
 でも活字には飢えていたそうです。活字が印刷されているものは、紙の切れ端でも夢中で読んだと言ってました。

 戦前の教育を受けた母です。あまり詳しくは言いませんでしたから、当時の事の断片的な話ですが、女学校の英語の先生が授業で「この戦争は必ず負ける・・・」とおっしゃったそうです。
 英字新聞をお読みになられていたので、圧倒的に経済力の差がある大国に、この国が立ち向かって勝てるわけがないと。
 
 *開戦当時ハーヴァード大学の学生として、アメリカにおられた鶴見俊輔さんの、戦前から戦後の日々を書かれたものに「わたしが外人だったころ」(月刊たくさんのふしぎ1995年7月号)があります。
 「どうして自分が生き残ったか、その理由はわかりません。わたしが何かしたために、死ぬことをまぬかれたというわけではないのです。なぜ自分がここにいるのかよくわからないということです。そのたよりない気分は、敗戦のあとでもつづいており、今もわたしの中にあります。今ではそれが、わたしのくらしをささえている力になっています。」 

 お近くの図書館に、バックナンバーとしておいておられるとよいのですが。

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