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December 05, 2004

NO SMOKING

 じゅぴさんの記事を読ませていただいて、色々思い出しました。
 母を介護していた時期がありました。身の回りの事や、家の中を歩いたりはできましたが、呼吸器が悪いため24時間酸素吸入をしていました。
 自宅では酸素の濃縮器(当時は小さな冷蔵庫くらいの大きさでした)を使って、外出する時だけ携帯用のボンベにつなぎかえます。(小さなボンベをのせた、カートを引いておられるのを、見かけられた事はありませんか?)

 通院するための往復は、身体に負担となりましたが、たまの外出です。たとえ車イスでも、好きなお茶菓子や本を買ったり、外での食事はとても嬉しそうでした。そんな母の楽しみを、煙草の煙が邪魔をしました。

 呼吸不全で、何度となく入院もしました。近くの大きな公立病院は、急性期しかいられません。退院しては、またすぐ悪くなって入院の繰り返しで、その間隔はだんだんせばまっていきました。
 それを見かねての事と、私自身が気が休まる時がなく、長期入院の可能な隣県の療養所への、転院を申し出てしまいました。

 仕事の休みの日には、必ず行くようにしていましたが、寂しかったようです。数ヶ月後には、日に数十回ナースコールをして、「ウチ へ カエリマス」と訴えるようになりました。
 同級生が医師をしている個人病院に受け入れを頼み、お正月は京都で迎えられる事となりました。

 九年前のクリスマスの日は大変な大雪でした。サイレンを鳴らそうが、国道はどこまでも渋滞していて身動きがとれません。 
 二時間かけて病院に着いたときは、意識もしっかりしていましたが、それから数時間後、急変して亡くなってしまいました。

 天候の悪い日に転院させた私は責められました。
 その日をのがすと、年明けしか受け入れてもらえなかったからだったのですが。

 車中、時折身体を起こして、景色をながめては、嬉しそうにしていた母の姿を思い出します。

 これは二年くらいの間の事でしたが、何度となく医師から「どうしますか?」と聞かれる場面がありました。
 今でもどうしていたら良かったのか、答えは見つかりません。でも自分を慰めようとは思いません。

 私も煙草は吸えるのですが、あの苦しむ姿は忘れられませんので。

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Comments

 本文中に書くとレポートのようになってしまうなと思ったので省いたのですが、介護は先が見えない辛さがあります。
 お仕事にされておられる方には、本当に頭が下がる思いです。

 それと経済的な事は深刻だと思います。うちの場合は幸い、公立病院の先生が、障害者手帳の申請をすすめてくださったおかげで、補装具(車椅子など)は無償でした。
 あと在宅酸素の自己負担が当時一ヶ月十万くらい(使用量により違ったかも)だったらしいのですが、ちょうど七十歳で老人保健の適用を受けられ、費用負担がありませんでした。あとわずかですが、数種の年金も受けていました。
 そして公立病院と連携をとられた近医の先生の存在も大変心強かったです。

 それでもどうしたらいいのかわからない事はたびたびで、「誰が悪いかわからない」事の連続でした。

 年齢に関わらず、介護される立場にならないとは誰も言い切れません。そんな時に悩まずにいられるような、かたちができていくといいなと思います。

*今は介護保険の関係でいろいろ変わっていると思います。

 

Posted by: winter-cosmos | December 05, 2004 09:50

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